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福岡地方裁判所 昭和42年(手ワ)25号 判決 1970年6月29日

原告 中央株式会社カズバ映劇

右代表者代表取締役 堀田辰雄

右訴訟代理人弁護士 小田村元彦

被告 松竹映配株式会社

右代表者代表取締役 城戸四郎

右訴訟代理人弁護士 武井正雄

和智昂

主文

一、被告は原告に対し、金一七四万三、二七九円及びこれに対する昭和四一年三月二九日以降完済に至るまで年六分の割合による金員、ならびに金二五万六、七二一円に対する同年同月同日以降昭和四五年一月二八日まで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金四〇〇万円及びこれに対する昭和四一年三月二九日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として

一、被告は約束手形四通を振出し、原告は現に右各手形を所持している。

右約束手形四通((一)ないし(四))は、いずれも、被告会社の取締役で九州支社長である訴外大音三二が被告を代理し取締役九州支社長名義で振出したもので、その内容は、受取人原告、支払地振出地とも福岡市、支払場所親和銀行福岡支店であるほか、各次のとおりである。

金額 振出日 支払期日

(一)  金五〇万円 昭和四一年一月二六日 同年二月二七日

(二)  金一〇〇万円 同年一月二七日 同年二月二八日

(三)  金二〇〇万円 同年二月一日 同年三月二八日

(四)  金五〇万円 同年二月二日 同年三月二九日

二、原告は、右各手形を支払期日もしくはその翌日に支払場所に呈示したが、いずれも手形金の支払を受けられなかった。

三、仮りに大音三二が本件各手形振出につき被告の代理権限を有しなかったとしても、同人は、被告会社取締役兼九州支社長として、被告九州支社における業務一切を担当し、右業務上の代理権限を有していたものであり、原告は大音が正当の権限に基づき右各手形を振出したものと信じ、かつこれにつき正当の理由があったから、被告は同人の手形振出につき責任を負うものであり、また商法二六二条の規定により被告はその責を負うべきである。

四、よって、原告は本訴により被告に対し、本件手形金合計金四〇〇万円及びこれに対する最後の満期日である昭和四一年三月二九日以降完済に至るまでの手形法所定利息の各支払を求める。

と述べ、被告の主張に対する答弁として「被告主張の手形書替えの事実は否認する。本件各手形の原因関係は金融取引であり、被告九州支社が被告本社より送付を要求された資金の調達のために、映画館業者たる原告より資金の貸付を受けた結果生じた債務の弁済手段として振出されたものである。右金員貸借の内訳は別表(1)のとおりである。被告主張の相殺に係る取引の事実は争う。右取引の代金は全額支払済である。」と答えた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、請求原因第一項の事実は否認する。

もっとも、被告会社の取締役兼九州支社長であった訴外大音三二が被告会社取締役九州支社長名義で原告主張の内容の約束手形四通を振出したことはあるが、右各手形は振出権限を有しない大音が偽造したものである。

被告会社の九州支社は、本社から映画フィルムの送付を受けこれを九州一円の所定の映画劇場に配給し、その代金回収のみをなすものであり、経費の支払はすべて費目を定めて本社に申請し本社より費目通りの使途を定めて送付を受けた資金により支弁されることになっており、いわば本社と取引先との間の単なる中継的取次的な業務を行うものであって、九州支社長は右の業務の範囲内に限り執行の権限を有し、資金調達の必要も、またその権限もなく、外部に対し包括的に本社を代理したり手形振出をしたりする権限は全く与えられていなかったものである。また実質的にも、大音は自己の経営する宮崎市所在の宮崎パレス劇場の経営費用に流用する資金を得るため原告主張(一)、(二)の両手形を振出して割引を受けたのである。

また同(三)、(四)の両手形は実際には昭和四一年二月一七日以降に振出日付を遡らせて振出されたもので、振出当時大音はすでに九州支社長及び取締役を辞任しており、なんらの権限もなかったものである。

二、請求原因第二項の事実は認める。

三、仮に大音三二に本件各手形振出の権限があったとしても、そのうち(一)及び(二)の両手形は、各その支払期日の頃に、(三)及び(四)の手形に書き替えられたもので、前二者の手形は無効となったものである。

四、本件手形中(三)の手形は、該手形金二〇〇万円のうち、金一〇〇万円はなんらの原因関係がなく、支払義務のないものである。すなわち、右(三)の手形は(一)の手形の書替え手形であり、従って(一)の手形金額一〇〇万円を除く残額一〇〇万円は債権もないのに理由なく書き加えられたものである。

仮に金一五〇万円の原因債権があるとしても、残額金五〇万円はなんらの原因関係がなく、支払義務のないものである。

原告が被告に対し昭和三九年一一月三〇日金二〇〇万円を貸付け、その支払のために(三)の手形が振出されたものであるとする原告の主張事実は否認する。

≪以下事実省略≫

理由

一、手形振出権限の点は除き、もと被告会社の取締役兼九州支社長であった訴外大音三二が原告主張の本件約束手形四通を振出したこと、原告が右各手形を支払期日もしくはその翌日に支払場所に呈示したが、手形金の支払がなされなかったことは、当事者間に争いがなく、原告が現に右手形を所持している事実は、原告においてこれを甲第一ないし四号証として提出していることにより明らかである。

二、≪証拠省略≫を総合すれば、大音三二は、昭和三七年一〇月一日被告会社設立以来その取締役兼九州支社長として、九州地方における映画興行業者に映画フィルムを賃貸供給する被告会社の九州支社の業務を統轄してきたこと、被告会社においては、その制定に係る社印取扱規程の関係上、手形振出は本社社長の権限とされ、制規面では各支社長はその名において手形振出をなす職務上の権限を有しないものとされていたが、現実には、本社における経営資金調達の必要上、取締役をもって支社長に当てていた九州支社に関しては、本社より九州支社に対し、本社へ毎月送付すべき売上金(フィルム賃貸料等営業上の収入)の送金額をあらかじめ特定金額に指示し、実際の収入額が右の目標に達すると否とにかかわらず、右指示金額を送付するよう命ずる方法で資金の調達方を要求するのを常としたため、大音は、取締役でない他の支社長とは異り、自己が、他からの資金借入れ及びこれに関連して手形振出をなす権限を有するものと解し、就任の当初より、映画館業者等からの資金借入れを行うとともに、これに関する約束手形の振出を数多く行い、親和銀行福岡支店に大音自身の名義で開設した預金口座を使用して手形決済をしてきたものであり、一方、本社においてもまた当然右の事情を知りながら、資金調達の必要上、これを黙認することにより、大音に対し取締役支社長名義で手形振出をなす権限を与えていたものであること、ところが、右の九州支社における資金繰りについては、専ら大音自身がこれに当り、その多くは簿外の借入れであった関係で、その内容を知らない本社からは、資金繰りに伴い当然必要な支払利息の手当がなされなかったため、本社の知らない間に借入金額が次第に増加し、大音の発行した九州支社長名義の振出手形の数額も多くなって借金の返済が滞り勝ちになり、本社経営陣の内部の人事事情もからんで、これが大音支社長の手形濫発の不正行為と目されて本社で問題化するに至ったこと、そこで、昭和四一年二月一四日、本社社長命令により、特別に派遣された作田星雄支社長代理が着任して一切の支社長業務を代行することとなるとともに、同日大音は、従来手形振出に使用していた同人の印章及び記名用ゴム印を取り上げられ、かつ辞表を提出させられたうえ、その後大音は、同年三月末頃同月一九日付で退職が発令されて、取締役及び九州支社長の地位を去ったもので、その間大音は、形式的には九州支社長の地位にとどまっていたが、簿外借入金及びそれに関連する振出手形について個人の責任において解決すべく命ぜられて専らその処理に当っていたこと、以上の事実が認められ(る。)

≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、少なくとも昭和四一年三月一九日までは被告会社九州支社長の職にあった大音三二は、同年二月一四日以前においては右支社長名義で約束手形を振出す職務権限を有していたが、その後は手形振出を差止められ、右権限を失うに至ったものというべきである。

三、≪証拠省略≫を綜合すれば、本件各約束手形中、(一)の手形はその振出日付の昭和四一年一月二六日、(二)の手形はその振出日付の同年同月二七日それぞれ振出され、(三)及び(四)の各手形は、大音が印章を取り上げられた後、同年二月一七日親和銀行福岡支店に改印の届出をした別個の印章と、すでに従前から記名用ゴム印を用いてあらかじめ記名してあった手形用紙とを使用して、いずれも同年二月二八日頃に相前後して振出日白地で振出され、後に日を遡らせて補充されたものであること、大音は支社長在職中、前認定の被告会社のための資金調達に当り、被告の取引先である原告会社の取締役会長で経営の実権を握る実質的な代表者訴外下村隆祥に対し、しばしば被告会社の経営資金とするためであることを明らかにして金員の貸付を要請し、下村はこれに応じ、下村個人または原告会社からの貸付を実行してきたもので、原告会社からの貸付として別表(1)番号2ないし6の金員貸借及び弁済がなされたこと、本件(一)の手形は同番号4の貸金残額金五〇万円の、(二)の手形は同番号5の貸金一〇〇万円の、(四)の手形は同番号6の貸金五〇万円の各返済支払のためにそれぞれ振出されたものであり((三)の手形の原因関係についてはしばらく措く)、右番号4ないし6の金員貸付けの当時はすでに下村個人からの新規貸付はなされておらず、また番号6の貸付をもって原告会社からの貸付も最後となったものであること、従来からの営業上の取引関係及び金員貸借とこれに伴う手形関係の取引継続の事情により、下村は、大音が手形振出の権限を失った後においても、大音が被告会社の取締役兼九州支社長として資金借入れ及び約束手形振出の職務権限を有するものと信じて、原告会社を代理し大音から本件各手形を受領したものであること、以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

以上認定の各事実によれば、本件(一)及び(二)の各手形は大音の職務権限に基き振出された手形というべきであり、大音が手形振出の職務権限を失った後で未だ支社長の地位にあった間の振出に係る本件(三)及び(四)の各手形は、権限に基かないで振出されたものではあるが、これについても、支店の主任者たることを表示するものというべき九州支社長なる名称を附された被告会社の使用人であった大音三二の右振出につき、振出権限消滅前と同様にその権限あるものと信じて右各手形を取得した原告に対する関係において、大音は支配人と同一の権限として右各手形振出の権限を有するものとみなさるべきであり、被告は、商法四二条により右各手形について責任を負うべきものということができる。

四、次に、被告主張の手形書替え及び原因関係についての抗弁につき判断する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、本件(一)及び(二)の各手形振出の原因である別表(1)番号4の昭和四〇年九月二日になされた貸金及び同番号5の同年一一月一六日になされた貸金については、それぞれ一ヵ月程度の支払期限の約束手形が発行されては期日に至ってこれが返還されるとともに新手形が発行される方法で手形の書き替えが数回にわたり繰り返されたことにより、弁済期限が延長されてきたものであって、右(一)及び(二)の各手形自体そのようにして書き替えられた後の手形であること、前示社長命令による昭和四一年二月一四日の職務停止に当り、振出手形の処置を個人の責任においてなすべく命ぜられた大音三二は、(一)の手形の満期翌日で(二)の手形の満期日である同年二月二八日支払場所に呈示された右各手形金の決済ができず、下村隆祥は、大音の要請を容れて、右各手形につき依頼返還の処置を措ったこと、その後、未済の借入金、手形金について資金繰りに窮した大音は同年三月末頃、債権者の追求を避けて数日間身をかくしたり、被告会社より新聞紙上に解職広告を出されたりしたことがあり、債権者達において事態を知るところとなり、同年四月五日、被告会社側から作田支社長代理、比留間本社総務課長、吉原顧問弁護士が、債権者側から下村隆祥蠣久保司等八名の者がそれぞれ出席して大音を交えて会談し、大音の事情説明を聴くとともに、解決のための折衝がなされたが、これに先立ち大音から被告会社に対し会談の資料とするためあらかじめ作成提出された債権者別に債権額を記した書面において、大音は、原告会社からの貸付金を含めて下村より貸渡を受けた借金の残債務額を合計二五〇万円であると説明していたのに、右会談の席上、右金額の確認を求められた下村は、右二五〇万円の債権額を確認するとともに、そのほかに別口として二、三年前に貸付けた三〇〇万円の債権が残存する旨答え、大音もこれを肯定したこと、大音は下村から調達した借入資金については、下村と特に親交があった関係もあって、借入れの当初より、貸主が原告会社であるか下村個人であるかの別に頓着せず、その両者の区別、内訳につき明確な認識がなかったこと、右会談の後、下村は被告会社に対し、原告会社の貸金債権残額は、別表(1)番号4ないし6の三口計二五〇万円のうち、番号4につき五〇万円内入弁済があったので残額二〇〇万円となり、他に下村個人の貸金として同番号1の二〇〇万円を含む三五〇万円の債権が残存する旨説明したこと、また下村は、被告の申告による大音に対する背任、横領容疑の刑事告訴事件につき、昭和四一年一一月一六日佐世保警察署司法警察員に対し参考人として、原告会社の貸付に係るものとして、右と同旨の供述をするとともに、下村個人の貸付分として同番号1の二〇〇万円を含めて昭和三九年三月一日以降昭和四〇年七月二六日まで七口の貸金をなし、そのうち未返済分は右二〇〇万円を含む三五〇万円であると供述したこと、債権者達との前記会談の頃より被告会社から本件各手形四通の説明を求められていた大音三二は、本件(三)及び(四)の各手形は、前示依頼返還の措置を得るため、(一)及び(二)の各手形を書き替えたものである旨説明したが、右両者の各合計金額において一〇〇万円の相異がある点を追究され、大音自身その点につき当初より不明確であったためその説明に窮し、はじめは、下村に要求されるままに書き替えたから不明確であるが別口三〇〇万円の債務がある関係と思われる旨説明し、後には、別表(1)番号6の昭和四一年二月二五日借受けの五〇万円及び利息として五〇万円が加算されたものである旨説明して一貫せず、被告会社の納得を得る説明ができなかったこと、原告会社では会計帳簿上貸付金の勘定科目がないため、貸付金については、これを仮払金として取り扱い、元帳上も仮払金として記帳していたものであるところ、右元帳仮払金の部には、同番号2ないし6の貸付及び弁済関係の記載は存するけれども、同番号1の二〇〇万円の分は仮払金の部には記載がなく、ただし、仮受金の部において、昭和三九年一一月三〇日喜多川文雄より金二〇〇万円を仮受金として入金し、即日被告会社支社長へ交付するためこれを出金した旨の記載があること、大音より本社へ送金するため二〇〇万円の貸付を要請された下村が訴外喜多川文雄にその融通方を依頼し、これに応じて右同日喜多川が原告会社事務所に金二〇〇万円を持参し、これを原告会社経理事務員松永忠雄が下村の指示に従い一時預ったうえ、即日大音に交付したもので、これが右仮受金として記帳されたものであること、昭和四一年三月一四日頃原告会社より被告会社九州支社長宛に二〇〇万円の仮払金につき至急返済されたい旨請求した事実があること、以上の事実を認めることができる。

叙上各認定の事実を綜合し、本件(三)の手形の実際の振出時期が(一)及び(二)の手形の呈示及び依頼返還措置の時期と一致し、また従来書き替えを繰り返して来た別表(1)番号4及び6の貸金に関する手形である(一)及び(二)の手形について、この時に限って書替えがなされなかったものとする特別の理由が証拠上認められないことを考慮すれば、(一)及び(二)の手形を大音に返還することを前提とし、その書替え手形として(三)の手形が振出されたが、依頼返還の手続のための時間的関係等から、偶々(一)及び(二)の手形が大音に返還されずに原告の手に残っているものと認めるのが相当であり、(一)及び(二)の手形金額が合計一五〇万円であるのに(三)の手形金額が二〇〇万円で金額的に五〇万円の差異がある点は、右書替えの時期に接着した昭和四一年二月二五日前示別表(1)番号6の(四)の手形に係る金五〇万円の貸付がなされたことによる混乱に基くものか、または同番号4の貸金一〇〇万円のうち五〇万円の内入弁済がなされたことを見落した結果、錯誤により(三)の手形の振出金額を二〇〇万円としたものと推認され、このことは、当初被告会社と債権者等との会談の頃、大音も下村もともに、二、三年前の別口貸金三〇〇万円は別として、原告会社の債権額が二五〇万円であると説明し、後にこれを二〇〇万円と訂正していることによっても裏付けられるものである。

≪証拠判断省略≫

原告は(三)の手形は別表(1)番号1の貸金二〇〇万円の弁済のために振出交付を受けたものと主張し、貸主が原告会社であるか下村個人であるかは別として、主張の日に大音が被告会社九州支社長として二〇〇万円を借受けたことは前示のとおりであるが、右貸金については、その貸主が原告会社であることは証拠上俄かに断定し難いところであるのみならず、(三)の手形が右貸金の弁済方法として振出されたものと認めるに足りる証拠はなく、かえって(三)の手形は(一)及び(二)の各手形の書替手形と認むべきことは前示のとおりであるから、右主張の二〇〇万円の貸金債権の有無及び帰属は、本訴請求の成否に係わりのないものである。そして、既存の原因債務の弁済のため先に振出された約束手形の返還を前提としたうえで、その書替手形として後に振出人及び受取人を同じくして二通以上の旧手形の金額を併せた手形金額をもって新らたに一通の約束手形が振出され同一当事者間において授受されたときは、当事者間に、旧手形上の振出人の債務を消滅させて新手形上の債務を発生させる趣旨の合意がなされたものと認めるのが相当であるから、本件(一)及び(二)の各手形については、(三)の手形の振出交付による更改により、原被告間においては被告の手形金支払義務は消滅したものというべきである。

五、従って、本件四通の約束手形のうち更改により債権消滅した(一)及び(二)の各約束手形金一五〇万円及び利息の支払を求める原告の請求は理由がない。

そして(三)の約束手形金二〇〇万円のうち金五〇万円は錯誤により、なんらの原因関係に基づかないで加算されたものであることは前示認定のとおりであるから、右内金五〇万円及びこれに対する利息の支払を求める原告の請求部分もまた理由がない。

六、さらに、被告の相殺の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告は本来の営業である映画フィルム賃貸に関する被告と原告間の昭和四一年五月九日以降同年六月二九日までの間の別表(2)記載の商取引により、原告に対し合計金二五万六、七二一円の債権を有するに至ったことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告主張の弁済の事実はこれを認めるに足りる証拠はない。

被告が、昭和四五年一月二八日本件訴訟第一三回口頭弁論期日において原告に対し、同日付準備書面に基き陳述することにより、右債権を自働債権とし本件手形金債務と対当額においてする相殺の意思表示をなしたことは記録上明らかである。

右自働債権たる被告の原告に対するフィルム賃貸料等債権については、その弁済期限について原告のなんら主張するところではなく、またこれを確定しうる証拠もないところであるから、弁済期限の定めのない債権と認むべく、被告主張の趣旨によっては、手形金元本債務に充当すべきものとするほかには、充当すべき債務の指定は認められないし、また原告においてもその指定をしなかったものである。

よって、被告の自働債権は相殺の意思表示をなした前同日履行期が到来して同日相殺の効力を生じ、本件(三)及び(四)の各手形金債務のうち先に弁済期限の到来した(三)の手形金元本債務中に充当され、被告の(三)の手形金中有効に存在する一五〇万円の元本債務については、右相殺の結果、そのうち右二五万六、七二一円の債務が消滅したものということができる。

七、よって、原告の被告に対する本訴請求は、そのうち(三)の手形金残額金一二四万三、二七九円、(四)の手形金五〇万円計金一七四万三、二七九円及びこれに対する原告の請求に係る満期翌日及び満期日たる昭和四一年三月二九日以降右完済に至るまでの年六分の割合による利息金ならびに(三)の手形金中相殺により消滅した金額金二五万六、七二一円に対する右同日以降相殺発効の日である昭和四五年一月二八日までの右同利率の利息金の各支払を求める限度において正当としてこれを認容すべく、その余を失当として棄却すべきものとし、民訴法九二条、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

<以下省略>

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